私たちが何か行動を起こす前、脳の中では何が起こっているのでしょうか?
たとえば、突然手を挙げる、歩き出す、あるいは何かを話し始めるといった行動は、一瞬の決断のように思えるかもしれません。
しかし、脳は実は数秒前から「準備」を始めているのです。
この「準備」がどのように行われるのかを明らかにする研究が進んでいます。
この研究で重要なのが「ランピング」という現象です。
ランピングとは、行動が起こる前に脳内で徐々に活動が高まることを指します。
たとえば、動き出す2秒ほど前から脳の一部でゆっくりと活動が増していき、それが「動きの準備」をしている状態だと考えられています。
研究によると、このランピング活動は特に「内側前頭葉」という脳の部位で見られます。
この部位は、私たちが何か自発的に行動を起こす際に重要な役割を果たしています。
最新の研究では、コンピュータ上で神経細胞のネットワークをシミュレーションし、このランピングがどのように起こるのかを探りました。
400個の仮想ニューロン(神経細胞)を使い、それらが自発的に発火(信号を送ること)する様子をモデル化しました。
このシミュレーションで明らかになったのは、「遅いシナプス」という神経細胞間の信号伝達が、ランピングの安定性に重要な役割を果たしているということです。
シナプスとは、神経細胞が互いに情報をやり取りする部分で、遅いシナプスは時間をかけて信号を伝えるため、神経活動をゆっくりとした変化に導きます。
この研究では、行動の約2秒前から神経活動がゆっくりと高まり、動作が起こる直前にピークに達することが示されました。
これは「勝者総取り」のようなメカニズムで説明されます。
脳の中では、いくつかのニューロンのグループが競争し、勝ち残ったグループが行動のタイミングを決めるのです。
この過程が「ランピング」として現れます。
さらに興味深いのは、このランピング活動が一貫して同じタイミングで起こるわけではないという点です。
個々の神経細胞はランダムに信号を送ることがありますが、多くの試行を平均化すると、全体的な活動がランピングとして現れるのです。
これが、行動の準備が徐々に進むように見える理由です。
この研究は、自発的な行動がどのように準備されるかという大きな謎に新たな光を当てています。
脳が単なる「スイッチ」ではなく、動き出す前にゆっくりと「温まっていく」仕組みを持っているということを示しています。
これにより、将来的には脳の活動を利用したインターフェース(たとえば、脳波で動かせる機器など)の開発にもつながるかもしれません。
参考文献:
Gavenas, J., Rutishauser, U., Schurger, A. et al. Slow ramping emerges from spontaneous fluctuations in spiking neural networks. Nat Commun 15, 7285 (2024). https://doi.org/10.1038/s41467-024-51401-x