デジタルツインを診察する時代へ

 

デジタル技術の進歩は、とにかくスピードが速くて、正直ついていけていないのですが、医療分野においても同様な変化が起こっています。

例えば、その技術で全身の血管の中を「見通す」ことができる時代が到来しています。

この分野を牽引するのが、デューク大学のアマンダ・ランドルズ博士。

彼女が開発したシステムは、3Dの患者特有の血管画像を使って、血液がどのように流れているかをシミュレートします。

そうすると、医師は患者の血管内で何が起きているのかを、非侵襲的に観察することができるのです。

例えば、血液の流れが渦を巻く「ボルティックス」と呼ばれる現象や、血管の壁がどの程度のストレスを受けているかを確認できます。

これらは心臓の疾患と密接に関連しています。

10年前には、こうしたシミュレーションはわずか30回の心拍しか予測できませんでしたが、ランドルズ博士たちは現在、700,000回もの心拍、つまり1週間分の血流を予測できるまで技術を進化させています。

この技術によって、医師はステントの長さや配置をより正確に決定できるようになり、患者にとって最適な治療が提供されるのです。

また、このシステムは機械学習を活用しており、新しい患者の血流シミュレーションをわずか10分でやってのけます。

これまでのFDA認可済みのツールでは同じ作業に24時間かかっていたことを考えると、まさに「時間の革命」と言えます。

しかし、この技術にはまだ課題もあります。

1つのモデルを動かすのに、580億個もの赤血球データが必要で、1回のシミュレーションで最大0.5テラバイトものデータが生成されるため、膨大な計算資源を要します。

さらに、シミュレーションが正確に動作しているかどうかを確認するための検証も重要です。

ランドルズ博士の目指す未来は、これだけではありません。

彼女は将来的に、神経系やリンパ系など、他の生体システムも統合した「全身シミュレーション」を目指しています。

それが実現すれば、個々の患者に完全に個別化された医療が提供され、より正確な予防や治療が可能になるでしょう。

このように、デジタル技術は医療の未来を大きく変えようとしています。

血管の中を覗いてみることができるだけでなく、将来的にはあなた自身の「デジタルツイン」を持ち、その健康状態をリアルタイムで把握できるかもしれません。

こういう話題を扱うと、オタク気質の私などは、SF小説「ニューロマンサー」(ウィリアム・ギブスン著)が予見していたサイバーパンクの世界がついにきたかと感銘を受けるのです。

 

参考文献:

Vardhan M, Tanade C, Chen SJ, et al. Diagnostic Performance of Coronary Angiography Derived Computational Fractional Flow Reserve. J Am Heart Assoc. 2024;13(13):e029941. doi:10.1161/JAHA.123.029941