ミトコンドリアが精神的な健康や行動に影響を与えるというのは、最近の研究によって徐々に明らかになりつつあるようです。
しかし、それは以前から一般的に広く受け入れられていた通説ではありませんでした。
ミトコンドリアの役割は、主にエネルギー生産という理解が一般的です。
ATP(アデノシン三リン酸)を生成する細胞のエネルギー工場として知られていました。
しかし、近年の研究により、ミトコンドリアの機能はエネルギー生産にとどまらず、細胞のストレス応答やプログラム細胞死(アポトーシス)、さらには細胞間コミュニケーションに関与することが明らかになってきました。
特に、心理社会的な経験がミトコンドリアに影響を与えるという発見は比較的新しく、これまでの通説を覆すものです。
従来の研究では、ストレスや抑うつが全身の健康に悪影響を与えるメカニズムについて多くの研究がなされてきましたが、ミトコンドリアがこれらのプロセスに直接関与しているという具体的な証拠は限られていました。
今回の研究では、ポジティブな心理社会的経験が脳のミトコンドリア機能に好影響を与えることが示されました。
つまり、ミトコンドリアが精神的健康と行動に対して中心的な役割を果たす可能性が示されたのでした。
特に、ポジティブな心理社会的経験がミトコンドリア内でエネルギー生成の主要な構造やタンパク質の量を増加させ、逆に否定的な経験が減少させるという発見が注目されています。
この研究では、主に次のような結論が得られました。
– ポジティブな心理社会的経験は、脳のミトコンドリアの酸化的リン酸化(OxPhos)複合体Iタンパク質の豊富さと正の相関がありました。
– 否定的な心理社会的経験は、OxPhos複合体Iタンパク質の豊富さと負の相関がありました。
– 精神的な経験は、OxPhos複合体Iのタンパク質量の18〜25%の変動を説明することができました。
このように、精神的な健康とミトコンドリアの生物学的な関連は、私たちの脳の健康維持において重要な役割を果たすことが明らかになりつつあります。
日常生活でのポジティブな経験を増やすことが、脳のミトコンドリア機能を維持し、精神的な健康をサポートする一つの方法と言えます。
「ポジティブな経験」というのは、具体的には以下の5つなのだそうです。
1.社会的ネットワークの広さ:多くの友人や知人と良好な関係を持ち、定期的に交流すること。
2.晩年の社会活動:高齢になっても積極的に社会活動に参加し、他人との関わりを持つこと。
3.人生の目的:明確な目標や人生の意味を持ち、それに向かって努力すること。
4.幸福感:自己成長、他者とのポジティブな関係、自己受容、自律性、環境の掌握など、全般的な幸福感を持つこと。
5.時間展望:将来に対するポジティブな展望や期待を持つこと
「元気があれば何でもできる!」というのは、細胞レベルにおいて、真実だったのですね。
参考文献:
Trumpff C, Monzel AS, Sandi C, et al. Psychosocial experiences are associated with human brain mitochondrial biology. Proc Natl Acad Sci U S A. 2024;121(27):e2317673121. doi:10.1073/pnas.2317673121