環境の状況を把握するために、生物を利用する方法はずっと以前からされてきました。
カナリアが鉱山の坑道で有毒ガスを検知するために使われた例は有名ですが、そんな特別な状況でなくても、桜の開花やサシバの飛来を観察することで、自然の変化を感じ取ってきたものです。
このように、環境の状況を把握するための「指標生物種」のことを「センチネル種」というのだそうです。
今回は、ヒトの精子の質についての研究の紹介なのですが、同時に犬の精子についても触れています。
これは、犬の精子も研究対象とすることで、ヒトの生殖健康に対する環境化学物質の影響をより深く理解することができるという理由からです。
なにしろ犬はヒトと同じ環境中で生活しています。
環境中の化学物質の影響をヒトと同じように受ける可能性があります。
センチネル種としての犬の利用は、実験が容易ということもあり、倫理的な問題も少ないため(ないとは言いません)、有効といえるようです。
さて、ここからが本題となります。
ヒトの精子の質が低下してきているというお話は、何かの時に聞いたことがあります。
研究者たちは、この原因の一つとして環境中の化学物質の影響を指摘しています。
特に、プラスチックの柔軟剤として使われるフタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)と、古くから使用されてきたポリ塩化ビフェニル(PCB153)という物質が注目されています。
研究では、DEHPとPCB153が精子のDNA断片化と運動性に与える影響を調べました。
ヒトと犬の精子を集め、DEHPとPCB153をそれぞれ、そして組み合わせて加えました。
その結果、DEHPとPCB153はそれぞれ単独でもDNAを断片化させ、精子の運動性を低下させることが分かりました。
しかも、この影響は両者の濃度によって異なり、組み合わせによってその効果が変わることも確認されました。
ヒトと犬の精子の運動性はDNAの断片化と反比例していることがわかりました。
つまり、精子が元気に動き回るほど、DNAが壊れにくいということです。
この結果から、犬はヒトと同じようにこれらの化学物質に敏感であり、犬を通じてヒトの健康リスクを予測できる可能性があることが示唆されました。
また、過去40年間でヒトと犬の精子の質が低下していることがわかっています。
例えば、犬の精子の運動性は26年間で30%も低下しています。
このように、環境中の化学物質がヒトや犬の精子に与える影響を理解することで、将来的には私たちの健康を守るための新しい対策が生まれるかもしれません。
元論文:
Sumner RN, Tomlinson M, Craigon J, England GCW, Lea RG. Independent and combined effects of diethylhexyl phthalate and polychlorinated biphenyl 153 on sperm quality in the human and dog. Sci Rep. 2019;9(1):3409. Published 2019 Mar 4. doi:10.1038/s41598-019-39913-9
