考古遺伝学における古代エジプトの新発見

考古遺伝学における古代エジプトの新発見

 

古代エジプトのミイラ「タカブティ」は、紀元前660年頃にテーベで生きた女性でした。

テーベは、古代エジプトの重要な都市で、現在のエジプト南部、ルクソール近郊に位置します。

ナイル川の東岸にあるこの都市は、中王国時代と新王国時代のエジプトで特に栄え、宗教や行政の中心地でした。

テーベには、カルナック神殿やルクソール神殿など、エジプト最大級の宗教建築があり、西岸には王家の谷と呼ばれる歴代のファラオの墓が集中しています。

これらの遺跡群は世界遺産にも登録されており、古代エジプトの繁栄を伝える重要な場所となっています。

古代エジプトについて、少し説明しますね。

これまでの学説では、古代エジプトの社会は特定の地域での独立した発展が強調されてきました。

これは、長期間にわたるナイル川流域の自然環境に根差した農耕や宗教、王朝制度が影響を与えているという考え方です。

特に、新王国時代(紀元前16世紀から11世紀)や古王国時代(紀元前27世紀から22世紀)などの主要な時代における文化の独自性が強調され、他の文化圏からの影響は比較的限定的であったとされていました。

また、ギリシャやローマなどの西洋文化がエジプトに大きな影響を与えたのは、紀元前332年のアレクサンドロス大王の征服や、その後のプトレマイオス朝、ローマ帝国の支配によるものと理解されていました。

したがって、それ以前の時代にはエジプトは比較的独自の文化を保ち、外部からの遺伝的・文化的影響は少なかったとされていたのです。

今回の発見は、その学説に一石を投じるものとなりました。

「タカブティ」の遺体は1834年にベルファストに運ばれ、現在はアルスター博物館に展示されています。

彼女の遺体から得られたミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析により、タカブティは極めて珍しいミトコンドリアハプログループH4a1に属することが判明しました。

これは、古代エジプトで初めて報告されたものであり、この発見は歴史的に大きな意味を持ちます。

研究者たちは、遺体の汚染を防ぐため、X線を使いながら脊椎の骨を深く採取し、古代DNAを抽出するための確立された手順を踏みました。

その後、次世代シーケンシング技術を使って38の一塩基多型(SNP)を特定し、ハプログループH4a1が存在することを明らかにしました。

今回の発見で明らかになったヨーロッパ由来のハプログループH4a1は、アレクサンドロス大王の時代以前にも、エジプトと他の地域間で交流があった可能性を示しています。

このハプログループの現代における分布は、カナリア諸島、イベリア半島南部、レバノンなどの地域でまれに見られるだけでなく、ドイツの古代文明「鐘形ビーカー」や「ウネティツェ」、ブルガリアの青銅器時代などの古代サンプルでも報告されています。

「タカブティ」の発見は古代エジプトでのハプログループH4a1の存在を裏付け、今後の研究の基準となる重要な発見となったのだそうです。

ちなみに、「タカブティ」は身長1.55mの20代後半に亡くなったと見られる健康的な女性で、幼少期の深刻な病気の痕跡も見られませんでした。

これも、考古遺伝学研究の最先端技術で得た知見といったところなのでしょうね。

 

元論文:

Drosou, K., Collin, T.C., Freeman, P.J. et al. The first reported case of the rare mitochondrial haplotype H4a1 in ancient Egypt. Sci Rep 10, 17037 (2020). https://doi.org/10.1038/s41598-020-74114-9