
夜の道で、街灯の周りを虫たちが飛び回っているのを見ることがあります。
あらゆる種類の昆虫が夜になると灯りの周りに集まります。
上の絵、速水御舟の「炎舞」に描かれているような、炎に身を焼かれてしまっても、どうしても引き寄せられずにはいられない、必死さというか抗えない本性のようなものを感じて、もの悲しくなります。
しかも、昆虫たちはLEDライトだろうと、人工的な照明にもお構いなしです。
実際、なぜ虫たちはこれらの灯りに引き寄せられるのでしょうか?
この不思議な行動は、昔から、多くの人々の好奇心をかき立ててきました。
中でも「月光航法説」と「光逃避説」が主流でしたが、これらを裏付ける3次元の飛行データはありませんでした。
しかし、最新の研究では、高精度のモーションキャプチャとステレオビデオグラフィーを駆使し、この古い謎に新たな解を提示しています。
研究チームは、昆虫が光源に直接向かって飛ぶのではなく、光源に対して垂直に飛行することを発見しました。
彼らの飛行は、光に背中を向けるという行動から成り立っています。
自然界では、この行動が適切な飛行姿勢と制御を維持するのに役立つのですが、人工光源の近くでは、昆虫を光の周りで無限に旋回させる罠となってしまいます。
この「背中を光に向ける」反応は、昆虫が地球上で飛行する際の基本的な感覚メカニズムです。
彼らは、長い進化の歴史を通じて、最も明るい視覚フィールド、すなわち空を、自分の位置を把握するための信頼できる指標としてきました。
しかし、人工光はこの古い感覚メカニズムを乱し、昆虫を混乱させているのです。
光源の周囲を旋回し続ける昆虫は、まるで永遠に出口を見つけられない迷路に入り込んだようなものだったのです。
さらに驚くべきは、光源が地面近くにある場合、昆虫は自らを逆さまにしてしまうことがあり、これが原因で地面に激突することもあるという事実です。
このような振る舞いは、昆虫たちが自然界で遭遇する光とは全く異なる反応を引き起こし、彼らの生存にとって重大な影響を与えていることを示しています。
この研究は、昆虫が人工光に引き寄せられるメカニズムを解明するだけでなく、昆虫を保護するための新たな手段を模索するきっかけともなります。
世界中で昆虫の数が減少している現状を考えると、人工光による影響は無視できない要因の一つです。
昆虫が光源に罠にかからないようにするためには、まずそのメカニズムを正確に理解することが重要です。
この発見を活かして、昆虫が人工光に惑わされず、夜の世界を自由に飛び回れるような環境を整えることが、今後の大きな課題となるでしょう。
元論文:
Fabian ST, Sondhi Y, Allen PE, Theobald JC, Lin HT. Why flying insects gather at artificial light. Nat Commun. 2024 Jan 30;15(1):689. doi: 10.1038/s41467-024-44785-3. PMID: 38291028.