好奇心から禍(わざわい)の種をまいてしまう話は古今東西にいくらでもありますね。
例えば、「鶴の恩返し」
娘は美しい布をどうやって織っているのだろうと、男は好奇心に勝てず「機を織っている時は部屋を除いてはいけない」という娘との約束を破って覗いてしまいました。
そこには娘の姿はそこになく、一羽の鶴が自分の羽を抜いて糸の間に織り込み、美しい布を織っていたのでした。
鶴は「正体を見られたので私は去らなければなりません」と言って飛び去っていきました。
…というお話。
ほかには、例えばギリシア神話の「パンドラ」
兄プロメテウスからゼウスの贈り物は受け取らないようにと忠告されていた弟エピメテウス。
パンドラが家を訪ねた時、兄プロメテウスは不在でした。
エピメテウスはパンドラを一目見るなり、その美しさに心を奪われてしまいました。そして、妻に迎えます。
パンドラは、神々に壺のふたを決して開けてはならないと言われていましたが、好奇心を抑えることができず、開けてしまいました。
壺から飛び出たものは、あらゆる災いでした。パンドラが慌ててふたを閉めたときには、ただ一つ、「希望」だけが残っていました。
それから、「アダムとイブ」
エデンの園に住むアダムとイブに、神は命じます。
「どの果実を食べても良いが、あの善悪を知る木の実だけは食べてはいけない」
ある日、蛇がイブに「食べてごらん。あれは知恵の実だよ」とそそのかしました。
ついにイブは禁断の実を食べてしまいます。アダムもイブからもらい、食べてしまいました。
その途端、2人はお互いが裸であることに気がつき、慌ててイチジクの葉で腰のあたりを隠します。
神は激昂し、アダムとイブを、エデンの園から追放してしまいます。2人は苦難の道を歩むことになりました。
どのお話も、なんとなくうまくいっているのに、好奇心で禁を破ってしまったことで、すべてがオジャンになってしまったお話です。
「約束は守らんといけんよ」と発信する一方で、どんな時でもどんな結果になってもやっぱり好奇心は抑えられないという人間の心理を物語っているものです。
禍を招いたかも知れませんが、物語としては、その方が面白いですものね。