処世(?)の方法

 

例によって夏目漱石のほとんどの作品は青空文庫で読むことができます。

作品の出だしの文章は、リズム感の良さや作品全体にかかる期待感など、どれも印象的で、いつの間にか諳んじてしまうほどです。

有名どころでは「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」(吾輩は猫である)

「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。」(坊っちゃん)

「私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。」(こころ)

そして、私の斜めを向いた性格にマッチしているのが、「草枕」の最初の3、4段落の文章です。

青空文庫はこちら ⇢ 「草枕」

「山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。」

 

「人生のあらゆる問題は、対人関係の問題である。」と言い切ったのは、確かアドラーでしたね。

外来でも「悩みがあって眠れない。」という方の「悩み」を聞かせていただくと、本質まで削ぎ落とせば人間関係にいきつくことがほとんどです。

けれども、だからと言って、人間は無人島で独りで長くは暮らしていけない「社会動物」です。社会とのつながりを本質的に求めて生きているものです。

悩みのモトなんだけれども、対人関係を簡単に捨て去ることができないのですね。(それができれば苦労しません。)

一時期、「鈍感力」という言葉も流行りました。

 

 世の中は 左様 しからば ごもっとも

  そうでござるか しかと存ぜぬ

 

苦手な人とのつき合いはこの川柳(?)のように流しておいて、とにかく最優先で自分の心と体を大事にすること。

「休むこと」ができなくて、練習が必要なように、自分をいたわることも練習が必要です。

自分の体に向けて微笑んでみてください。

それを基本姿勢にしたのが、私なりにアレンジした「マインドフルネス」です。

 

 

 

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