「扉は閉ざされたまま」

 

私にとっては久しぶりの「倒叙ミステリー」でした。

 

 扉は閉ざされたまま 石持 浅海著

 

 

倒叙ミステリーは、最初に犯人が事件を起こすところから物語が始まります。

 

犯人目線で物語が進行することが多く、読者は否応なしに犯人の心情を理解し、時に感情移入することになります。

 

もちろん犯人は完全犯罪を狙っていますから、証拠を残さないためにどんな知恵が絞り出され、どんな工夫がなされたのかを読者は理解します。

 

(これでうまくいくはずだ)

 

そう思ったのなら、読者はすでに犯人の心理的共犯者ということでしょう。

 

物語の進行とともに、追い詰められていく犯人の心理と同じ調律で不安や逡巡や怖さを体験することになります。

 

事件が発生した後に、探偵が登場。

 

たいていが犯人より圧倒的な頭脳を持った名探偵です。

 

倒叙モノの代表格の「刑事コロンボ」しかり。「古畑任三郎」しかり。

 

そして、この「扉のとざされたまま」の、本来は火山学者が本業の「碓氷優佳」もそうでした。

 

「冷静で冷たい」

 

そう彼女を評した表現が、物語の随所に出てきます。

 

犯人と優佳の心理戦、頭脳と頭脳のせめぎ合いが見事でした。

 

けれども、残念ながら犯人の殺人を起こす動機が最後の最後まで語られず、(それがこの物語の一番の謎といえば謎なのですが)それがあまりに特殊な経験と心情であったために、私個人としてはもうひとつだけ前のめりになれなかったのが残念でした。

 

考えてみれば「ある人を殺したい」と思うほどの動機というのは、その人の「生死」の境目を分けている、もしかしたら本人さえも気づいていない「その人間の本質」とでも呼ぶべきものなのかも知れませんね。

 

偉そうなことを言いましたが、それ以上に犯人vs探偵の心理戦が楽しめる、面白いミステリーだったと思います。

 

 

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