青空文庫には、1分で読めてしまう短い小説がいくつかあって、隙間時間を利用して読むことができます。
以前に紹介した夢野久作の「医者と病人」もそうでしたが、この作者は超短編小説に面白いものがたくさんあります。
今回は「狸と与太郎」という小説を紹介します。
青空文庫で読めます。→ 「狸と与太郎」
短いので、ここに全文を載せますね。
狸と与太郎
与太郎は毎日隣村へ遊びに行って、まだ日の暮れぬうちに森を通って帰って来ました。
「あの森は狸がいていろいろのものに化けるから、日の暮れぬうちに帰らぬと怖ろしいぞ」
とお母さんが言いきかせているからです。
ある日、太郎はうっかり遊び過ごして真暗になって帰って来ました。森の中に入ると、忽ち一丈もある位の一つ目入道が出ました。
「ヤア。大きな伯父さんが出て来た。眼玉が一つしかないんだね。面白いなあ。僕と一緒にうちへ遊びに来ないかい」
と与太郎は言いました。一つ目入道は見ているうちにロクロ首になりました。
「ヤア。綺麗な首の長い姉さんになった。変だなあ。どうしてそんなに長くなるの。もっともっと長くして御覧」
と言いました。ロクロ首は今度は鬼の姿になりました。
「オヤ、鬼になった。お節句の人形によく似てる。可笑(おか)しいなあ。もっといろんなものになって御覧」
化け物は与太郎がちっとも怖がらないのでつまらなくなって、狸になってしまいました。それを見ると与太郎は真青になって、
「ワア狸が出たあ。化けると大変だ。助けてくれ」
と言いながら一所懸命逃げて行きました。
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入力:川山隆
校正:土屋隆
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自分で経験せず、人から「恐ろしいぞ」と印象を吹き込まれたものが恐ろしく、本当は恐ろしいのだけれど、目や耳に慣れ親しんだものについては恐怖を感じない。
人の恐怖の対象となるのは、総じてそういうものなのかも知れないですね。