「うむいのふかさ」

 

沖縄県立中部病院の後期研修が終わって、内科医として最初に赴任したのが県立八重山病院でした。

 

石垣島で過ごした3年間で、個人的には長女と長男を授かりましたし、透析医としても八重山病院の経験を生かすことで専門医を取得しました。

当時の透析室スタッフは、今でも温かく親交を重ねてくれる間柄です。

 

八重山と言えば唄の島。

スタッフも芸達者どころか、三線や歌唄いにおいてはプロ級の腕前で、いつかCDデビューをするのではないかと思っていたら、いただきました!

 

 

やはり、しびれるような良い声です。

時々、聞いては八重山の風景を思い出します。

 

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