嫌いなこと

 

「月と六ペンス」の作者、サマセット・モームの言葉だそうです。

― 毎日、自分の嫌いなことを2つずつ行うのは、魂のためにはよいことだ。 ―

 

今の世の中の風潮とは、少しかけ離れた価値観に立っているかも知れません。

どちらかと言うと、最近は「好きなことをやろう!」「弱点よりも強いところを伸ばそう!」「良い事を思って引き寄せよう!」という感じですから、あえて「嫌いなこと」をすすめるのは今風に流行らないことでしょう。

けれども、モームの名言として、今でもわりと多くの方がこの言葉を引用しています。

なぜでしょうか。

 

なんとなく、親が幼い子どもに嫌いな食事をすすめる言葉に似ていますね。

「これを食べると体に良いよ。」「頭が良くなるよ。」「視力が良くなるよ。」「骨が丈夫になるよ。」「背が伸びるよ。」

嫌いなものを食べる代わりに、何か得する見返りがあるという、いわば交渉のようなものです。

モームが「嫌いなことをやるのは魂のためによい」と言ったのは、きっとそれが魂の成長を促す栄養のようなものになると思っていたのでしょう。

 

面白いのは、嫌いなことを好きになりなさいとは一言も言っていないということですね。

親が子どもに嫌いな食べ物をすすめる時は、食べてくれたら、もしかしたら好きになってくれるかも知れないという期待が(少しは)あります。「食わず嫌い」を期待しているのですね。

けれども、モームは「嫌いなこと」は「嫌いなこと」として、そのままです。

 

嫌いなことは嫌いなままで良いから、それをありのままに受け入れて、それを淡々と行ってみなさい。

そういう行いは、気持ちが揺るがず、安定していて、微笑みを保つことができる。

 

モームの言葉を、私なりに勝手に解釈してみました。

 

 

 

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