この本は詩人が、「心の底深くに沈み、ふくいくとした香気を保ち」「幾重にも豊かにしつづくえてくれた」詩の数々を、紹介してくれた本です。
本来、詩の中に潜む情景は、その詩を詠んだ者たちの心象にこそ映えるもので、決して他人から押し付けられるものではないのでしょうが、最高の詩人が「私のたからもの」として選んでくれた数々の詩を紹介してくれるのは、本当に興味深いものでした。
恥ずかしながら、この本で始めて知った詩もありましたし、慣れ親しんだ詩についても、茨木のり子さんの解釈を読んで、「なるほど、そうだったのか」と再発見することも多かったのです。
その中のひとつ。
石垣りんさんの「その夜」という詩は、医療者として胸に刻んでおきたいと思いました。
病気をした人の不安と寂しさと体の痛みを、忘れないようにしたいと思いました。
その夜
石垣りん
女ひとり
働いて四十に近い声をきけば
私を横に寝かせて起こさない
重い病気が恋人のようだ。
どんなにうめこうと
心を痛めるしたしい人もここにはいない
三等病室のすみのベッドで
貧しければ親族にも甘えかねた
さみしい心が解けてゆく
あしたは背骨を手術される
そのとき私はやさしく、病気に向かっていこう
死んでもいいのよ
ねむれない夜の苦しみも
このさき生きてゆくそれにくらべたら
どうして大きいと言えよう
ああ疲れた
ほんとうに疲れた
シーツが
黙って差し出す白い手の中で
いたい、いたい、とたわむれている
にぎやかな夜は
まるで私ひとりの祝祭日だ。
~詩集「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」より~