外来で診療をしていると、どんな方にもその病気以外にも、悩み、悲しみがあることがわかります。
表面では明るく、冗談で場を盛り上げていたりする方でも、実は人に言えない苦しみを背負っていたということはよくあることです。
私たちのクリニックの理念に次の一文があります。
「そこに行けば元気になり、未来に希望が見えてくる」
なんて大それたことを入れてしまったのかと時々後悔することもありますが、けれども、すぐには達成できない大切なことだからこそ、私たちにはこの目標が必要なのだと思っています。
カリール・ジブラン原著の「預言者」という本があります。以前にも紹介しましたが、柳澤桂子さんが訳してくださいました。
この中に「苦しみについて」という章があります。
苦しみについて学ぼうとするとき、大変心に響く文章だと思いました。
一人の女性がいいました。「苦しみのことを語ってください」するとかれはいいました。
あなたの苦しみとは、
理解を包んでいる殻がこわれることだ。
新芽が太陽を浴びるため種をやぶらなければならないように、
あなたも苦しみを知らなければならない。
あなたのこころが
日々の奇跡に新鮮な驚きを感じつづけることができるなら、
あなたの苦しみも喜びとおなじくらい
すばらしいものとなるだろう。
そうすれば、ちょうど畑の上に来たり過ぎ去る季節を
いつも受け入れてきたように、
あなたはこころのなかに流れゆく季節を
受け入れることができる。
そして悲しみの冬のあいだも、
落ちついて過ごすことができるだろう。
あなたの苦しみの多くは自分で選んだものだ。
苦しみとは、あなたのなかにいる医者が
悩んでいるあなた自身を癒すために処方したにがい薬だ。
その医者を信頼し、黙って穏やかな気持ちで
その治療薬を飲みなさい。
あなたの医者の手は重くてごつごつしているが、
見えないものの優しい手に導かれているのだから。
彼が差し出した杯は唇を焼くかもしれないが、
それは神である陶工が
自らの聖なる涙でぬらした土でつくられたものなのだ。
「自分の中にいる医者が、病んでいる自分自身を癒すために処方したにがい薬が、苦しみである。」
苦しみに救いの手がさし伸ばされたような、そんな感覚がしました。