本を読みながら声を出して笑ったのは、久しぶりのことでした。
ちらちら名前は目にしていたのですが、なぜか素通りしていて、今回手にしてみて、今まで読んでいなかったことをしばらく後悔していました。
笑うことっていいですね。けれども、描かれている人間の心理は実はそれほど軽くはなく、十分に深刻で重いのです。
それがなぜか、登場人物も読者も、滑稽でユニークでブザマなこの本の主人公に救われてしまうのですね。
主人公は伊良部総合病院の御曹司(らしい)精神科医。
見かけはとても良い容姿とはいえない男。マザコン。オタクであり、5歳児なみのわがままを平気で通します。
しかも、注射が皮膚に刺さる瞬間をみて異常に興奮するという屈折した嗜好の持ち主。
病院の地下にある神経科の彼の診察室に、そうとは知らず、悩める人々が訪れてしまいます。
体調不良を解消しようと、水泳中毒になってしまってプール通いがやめられない編集者。
勃起したままになっている商社マン。
ストーカーにつきまとわれていると妄想するコンパニオン。
携帯を手放せず、メールが確認できなくなったら離脱症状で指や腕の痙攣が起きてしまう男子高校生。
タバコの火を消したかどうかが気になって外出もできなくなってしまった強迫神経症のルポライター。
伊良部医師は、そんな彼らに対して治療する意思がまるでないような口ぶりです。
「えー、カウンセリング?」カウンセリングを希望するルポライターに対して彼はこう言います。
「無駄だって。そういうの」
「無駄?」
「生い立ちがどうだとか、性格がどうだとか、そういうやつでしょ。生い立ちも性格も治らないんだから、聞いてもしようがないじゃん」
伊良部医師は、患者よりも水泳にはまって区民プールに不法侵入しようとして警察に捕まりそうになったり、患者の前で殴り合いの痴話喧嘩をしたり、携帯に狂って1日に100本のメールを送りつけたり、コンパニオンと一緒にオーディションを受けたり…。
伊良部医師のあまりに非常識で滑稽な姿を目の当たりにした患者たちは、そこに自分の誇張された姿を見出して、ふと冷静になってしまいます。そして悟っていくのです。
思うに伊良部医師は、本当の名医なのかも知れません。
とにかく、面白いです。おすすめです。