クローニン 『城砦』

大学時代、高校の同窓でもあった先輩が私を含めた後輩たちをよく連れ歩いてくれました。

そして、夜遅くまで語ってくれたものです。

 

この社会で自分たちはどんな働きができるのか。

その準備のために何を学ぶべきなのか。

 

とても強い志を持った先輩で、私が「沖縄県立中部病院」の研修へ進んだのは、その先輩の影響が強かったと思います。

大学時代の親交のあった(私をかわいがってくれた)多くの先輩たちは、皆さん高い確率で中部病院の研修に進んでいましたし

私も同じように歩みたいと思ったのは自然の流れだった気がします。

 

その先輩が、自らの座右の愛読書として紹介してくれた本がありました。

クローニンの『城砦』です。

先輩は『城砦』を読んで、医者を志したというように記憶しています。

(ん?違っていたらごめんなさい。そう聞いたような気がします…。)

 

当時、私も先輩に促されて読んでみました。

実は今もこの本に影響されているなと思う時があります。

確かノーベル化学賞受賞者の鈴木章名誉教授も愛読書として『城砦』をあげていました。

 

久しぶりに読みたいと思って

(実家の物置と化した私の部屋には埋もれているのでしょうが、発掘作業が面倒だったので)

アマゾンで検索してみたら、『城砦』がすでに絶版になっているのを知って愕然としました。

 

クローニンが絶版に?

 

せめてKindle化(電子書籍化)され、世の医学生の皆さんが気軽に読めるようになることを願っています。

 

朝日出版社「世界文学案内」のサイトで『城砦』のあらすじが載っていましたので紹介します。

このサイトは世界の名作が5分で読める!と銘打たれたサイトです。

 

医学校を出たばかりの青年医師アンドルー・マンスンは、南ウェールズの炭坑地方へ医師の代診として赴任したのち、鉱山町に移って小学校教師のクリスティンと結婚し、貧しいながらも楽しい家庭生活に入る。

肩書の必要を感じた彼は、妻の協力を得て猛勉強をした結果、英国医学会会員の資格試験に合格する。

やがて妻は妊娠するが、橋から落ちて流産してしまう。

アンドルーはこの不幸に屈せず、炭坑夫の肺疾患を臨床調査にもとづいて研究した論文を完成して医学博士となる。

ところが治療以外の研究にうちこんでいる彼に反感を持つ人がいたので、彼は多くの人に惜しまれつつ辞任し、ロンドンへ出て開業医となる。

しかし立派な肩書をもつ彼には客がつかず、肩書も実力もない医師たちの方が巧みにお金をもうけて世間的には成功しているのを見て、アンドルーはこれまでの良心的態度を捨てて金もうけ主義にはしる。

そして上流の客をつかみ、立派な病院に勤務する名誉ある医師となって、富と社会的地位を獲得する。

金に魂を奪われている夫の姿を見た妻は、夫が城砦を攻撃する勇ましい戦士のように、情熱を傾けて自分の研究や社会の不正に立ち向かっていた鉱山時代の生活の方が、貧しくてもずっと楽しかったという。

こうしてふたりの考え方がくいちがい、愛情にひびが入る。

ある時アンドルーは患者の手術を友人の外科医にまかせたところ、その友人は手術に失敗して患者を殺してしまった。

この事件に責任を感じたアンドルーは再び正義感をとりもどし、自己反省をして妻と心から和解する。

アンドルーは信頼できる友人を集めて、各自の専門の分野を担当する新しい共同診療所をつくる理想をもち、いよいよ新しい仕事に着手しようとした時、彼のよき理解者であった妻は、バスにはねられて不慮の死をとげてしまう。

その上、彼に反感を持つ医師たちは、彼が友人の娘の結核をなおそうとして、信頼のおける外国の無免許医と協力したことを訴えたので、危うく医学会会員の資格を奪われそうになるが、審議の席でアンドルーの誠意が認められ、資格は奪われずにすむ。

友人たちと新しい計画を実行するためにロンドンを去る日、アンドルーは妻の墓へ行った。やがて墓を去ろうとすると、空には城砦の胸壁の形をした雲が、彼の前途に希望を与えるかのように、明るく浮かんでいた。

3件のコメント

  1.                     

    昭和33年 中学3年の時担任の先生がクローニンの城砦を読んだ感想を書かれていて
    この小説を知ったのですが読んだのは40年後でした。
    機会があったらぜひこの舞台であったウエールズ地方を旅したいものと思っています。

    1. 四津井さま コメントありがとうございます。

      「城砦」は多くの方の人生を導いてきたのでしょうね。
      私もその一人でそういう想いで紹介させていただきました。

      ウエールズ地方への旅!すごいです。
      そういう私でも思いもしませんでした。実現された時にはお知らせください。

  2. 佐久田先生 立派な病院ですね、私は73歳になりますが仕事は伝統産業高岡銅器業で銅像造りをしています。
    四津井工房で検索してご覧くださいませ。
    ウエールズは夢でまだ訪ねることが実現していません。
    沖縄には仕事で年に1,2回訪ねる機会があります。

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