「ドーピング」というとなかなか良い印象が持つことが難しい言葉ですが
例えば栄養が行き届かず、筋肉が衰えている状況の人に使ってはどうかという考えは、昔からあるものです。
先輩のドクターに、やせ衰えてくる自分の患者さんに「使ったことがある」という経験を話してくれた方がいました。
ただし、やはり「食べれない」「動けない」方というのは、それなりの原因や理由があるわけで
ある種の薬を使ったからと言って、全ての方が良い効果を出すということはありません。
そればかりか、副作用でかえって状況を悪くすることさえあります。
それが難しいところです。
2012年11月の腎臓専門の医学雑誌に
透析を受けられている方に蛋白同化ホルモンを投与したら
筋肉量や握力、脂肪量はどうなるかという調査報告がありました。
Effect of Oral Anabolic Steroid on Muscle Strength and Muscle Growth in Hemodialysis Patients.
Supasyndh O et al. Clin J Am Soc Nephrol 2012 Nov 2.
購読している医学誌ではないので抄録しか見ることができず、詳しい内容はわからないのが残念です。
使用した蛋白同化ホルモンはオキシメトロンという薬ですが、日本では使われていない薬です。
以前には再生不良性貧血という病気に使われていたという記載がありましたが、私は見たことがありません。
蛋白同化ステロイドホルモンなので、いわゆる筋肉増強ホルモン。
もちろんスポーツ選手が使用することは禁止されています。
この調査では、この薬の効果で脂肪が減って筋肉量が増えたこと、握力が強くなったこと、身体能力のスコアも改善したということがわかりました。
しかし、肝臓への障害がみられたそうです。
この調査は約半年間だけの追跡なので長期的にみて、ほかにどんな副作用が出るのかは不明です。
どうして(ドーピングまでして)透析を受けられている方の筋肉量を増やしたいのでしょう。
その理由のひとつになるのが、慢性腎不全や透析を受けられている方の「肥満パラドックス」(BMI パラドックス)です。
Body Mass Index-Mortality Paradox in Hemodialysis: Can It Be Explained by Blood Pressure?
Rajiv Agarwal Hypertension. 2011;58:1014-1020
Relationship between Body Mass Index and Mortality in Hemodialysis Patients: A Meta-Analysis
Abstract: Nephron Clin Pract 2012;121:c102–c111
簡単に説明すると 人工透析を受けられている方では、BMIが高いと死亡率が低いという結果でした。
これは一般の方の通説とは正反対のお話です。BMIが高い=メタボということですから。
(ただし、実は一般の方のお話も、そう単純ではないのですが。)
もう一つの報告は、4つの研究を分析したもので、全部で81423人のデータを統合しています。
BMIが25以上の場合と、そこまで高値でない場合と比較しているのですが、BMI 25以上の死亡率が有意に低かったということです。
このことを、「肥満パラドックス」と呼んでいるのです。
ただし、筋肉量がある「体重増大」であるのか
サルコペニア(筋肉量が少ない)「肥満」であるのかはこの調査では明らかになっていません。
感覚的には、筋肉をつけない肥満は、どうしても健康に良いとは思えないですよね。
今後、この方面の調査がすすんでいくことでしょう。
蛋白同化ホルモンをすぐに使う気にはなれませんが
高蛋白食や筋肉トレーニング、有酸素運動で筋肉量を増やす
地道なようですが、そういう方法が、いわゆる「健康的」な BMI増加の道だと思います。
高蛋白食を実現するために
しっかり透析、たっぷり透析
が前提・基本ですね!
大事なことなので言い方を変えますが、蛋白質は血清リン値と大きく関係しています。
そして、透析医療に関わる者が、リンの値に注意を払うのは
リンが高いと血管の石灰化が進んでしまい、死亡率が高くなってしまうからです。
ですから、リンが高い=蛋白質を食べすぎ → だから蛋白質を食べすぎないようにしましょう
という食事指導になってしまうのです。
長時間透析をすすめている透析クリニックがそうであるように
さくだ内科クリニックでは「肉や蛋白質の摂りすぎを控えましょう」という言葉は使わない方針にしています。
しっかり食べれて、良い筋肉がつけばそれはとても良いことだからです。
それでリンが高くなる傾向の方には、長時間透析、場合によっては週4回の透析をすすめています。
高蛋白食が良い影響を及ぼすのは、十分な透析が前提になることをお忘れにならないでくださいね。
「高蛋白食が良い」という言葉だけを取り上げると、とんでもないことになってしまいますから。
エリスロポエチン登場以前はタンパク同化ホルモン剤(プリモボランやチオデロン)が腎性貧血治療の中心で、多くの患者さんに処方してきましたが、患者さんが筋肉モリモリになることは皆無でした。女性患者の髭が濃くなったり声が低くなったりはしたけどね。
ところで、昨日は東京医大・中尾教授と東京家政学院大・金澤教授に透析患者の蛋白摂取を制限することで透析回数を減らす「低蛋白食・低頻度透析」(DT-IFHD)というお話を伺ってきたばかりですが、蛋白摂取を薦めて透析回数を増やすのと制限して透析を減らすのと、どっちが患者さんのためにいいかは、患者さん自身のライフスタイルに合わせるしかないんだろうなあと思います。
和氣先生コメントありがとうございます。
(コメントを頂いたのは先生が始めてです。)
昨日は参加できなくて残念な思いをしました。
「低蛋白食・低頻度透析」(DT-IFHD)という概念があるのですね。勉強不足で恥ずかしい限りです。
今後ともよろしくお願いします。