畏敬する医師 マイクル・バリント

 

「全人的医療」について考えるとき、マイケル・バリント(Michael Balint)の名前は特別な感慨があります。

さくだ内科クリニックの理念」は、東京の小村肛門科医院の理念に感銘を受けて、その文言を何度も反芻して、やっぱりこれでいこうと決めたものです。

一行追加しましたが、ほぼ同じ言葉を使わせていただきました。

理念について深く考えていったとき、その基になったのが、バリントが発した言葉でもありました。

バリントの医療者として最善を尽くそうとする覚悟には、非常に勇気づけられることが多いのです。

 

マイケル・バリントについて説明させてください。

 

以下の文は

 バリント療法 全人的医療入門 池見酉次郎 監修/永田勝太郎 編

 治療論からみた退行 ― 基底欠損の精神分析 マイクル・バリント著 中井久夫訳

をもとに、引用、あるいはまとめたものです。

 

 

バリントは1896年にハンガリーに生まれました。

ブタペスト大学医学部を卒業後、ベルリンに移って、フロイトの直弟子のフェレンツィについて薫陶を受けました。

その後ロンドンに渡った彼は、要職を捨てて開業医となって、ロンドンの同志の医師たちとともに、いわゆるWhole person medicine(全人的医療)の開拓を志すようになります。

 

バリントは、一般の開業医を訪れるありふれた病気の患者の多くは、医師が与える薬によってではなく、「医者という薬によって治る」として、「医者という薬の薬理学」の研究にとりかかりました。

 

バリントのポイントは以下の5点にまとめられます。

1) 最初に出会う医師ほど、病気の早い時期に対応できるので、全人的医療の効果が上がりやすいといえる。

なぜなら、訪れる患者の過半数は、体と心と生活環境が入り混じっていて、体だけとか、心だけとかではない。予備知識を持っている家庭医こそが診療の最適任者である。

2) 医師が、患者の病気について、体だけでなく、心や生活環境をも含めたより深いレベルで、患者を理解すること。

そのことを通して、患者自身も自分自身を全人的に理解できるようになる。

多くの場合、これによって患者が自分で問題解決の糸口を見出すものだ。それに同伴していくのが、開業医の役割である。

3) 全人的に患者を理解せずに医師からの気休めや保証は有害である。

たとえば、「検査の結果では異常がないから、気のせいだよ」と言った助言などは、症状が持つ深い意味をまったく無視している。

4) このような診療をする上でのベースになるのは、患者との全人的なふれあいのもとで、面接(傾聴)ができるような医師-患者関係である。

このようなよき治療関係ができるためには、医師自身が、全人的に開かれていること。日ごろから自己洞察していること。これを、バリントは「薬としての医師」と表現している。

5) バリントの全人的な面接では、心身一如の全人的な交流が行われる。

子育て、教育、職場の健康管理、さらには、一般的な人間関係においても、心身一如の交流に近づくほど、お互いが持つ問題の本質に迫ることができよう。

 

バリントの医師に求める診療態度は、まず、患者の話すことに耳を傾けよでした。

「全身の皮膚の孔を通して聴け」

「第二陣の耳を持っているような具合に聞くことだ」

がバリントの口ぐせだったそうです。

バリントは、また、医師の通常とる行動に対する自己批判的な洞察力を求めていました。

 balint

 

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