まどさん

 

「ぞうさん」の歌は、生まれてくる前からそこにあって、しかも、ずっとずっと知っている歌の代表です。

「ぞーォさん、ぞーォさん、おーはなが、ながいのね」というスローワルツの曲は、自分に子どもができた時にも、自然に口に出て唄って聞かせました。

 

きっと日本という国が出来たときからというのは大げさだけれど、それに近いぐらいに当たり前にそこにあるものだと思っていました。

日本に住んでいる人なら、この気持ちはどの世代にも通じるものだと思います。

 

小さい頃にはエンドレスにそのメロディを口ずさみながら、「そーよ、かあさんもながいのよ」のところを、

「かあさん」だけではひいきにしてしまっているようで申し訳なくて

時々祖母や父のために「ばーちゃん」バージョンや「とうさん」バージョンを替え歌にした記憶があります。

なぜかこういう記憶も通じてくれる人が多いです。同じことをしたと。

 

1953年にこの歌は誕生したというのですから、この歌は今年60歳、還暦を迎えます。

 

この歌には生みの親がいて、詞を書いた人と曲をつくった人がいる。

 

そんな当たり前のことに気づくのは、きっと人が成長して、ひょっとしたら思春期を迎える頃ではないでしょうか。

あるいはそれを過ぎてからかも知れません。

「ぞうさん」を現役に歌っている子ども達には、少なくともそんなことは全く意味を持ちませんから。

 

私は詩人まど・みちおさんのことを医学部の大学生になって好きになり、遠回りして「ぞうさん」の詞を書いた人だと知りました。

 

まど・みちおさんは11月に103歳になられました。

本当に素晴らしいことです。

 

「ぞうさん」については、作家の阪田寛夫さんが紹介してくれています。

 

小説『まどさん』の中に、「ぞうさん」をめぐるまどさんの話です。

「童謡はどんな受け取り方をされてもいいのだが、その歌がうけとってもらいたがっているようにうけとってほしい。
たぶんこういう風にうけとってもらいたがっている、というのはあります。
詩人の吉野弘さんの解釈が、それに一番近かった。吉野さんは、「お鼻がながいのね」を、悪口として言ってるように解釈されています。
私はもっと積極的で、ゾウがそれを『わるくち』と受けとるのが当然、という考えです。
もし世界にゾウがたったひとりいて、お前は片輪だと言われたらしょげたでしょう。
でも、一番好きなかあさんも長いのよと誇りを持って言えるのは、ゾウがゾウとして生かされていることがすばらしいとおもっているから。」

 

 

ゾウがゾウに生まれたことを喜んでいる歌だというのです。

「存在のかけがえのなさ」を肯定するまどさんのまなざしは、「みんなが、あるがまま、それぞれに尊い」と教えてくれています。

 

佐久田が大好きで大切にしている詩を紹介します。

 

 ぼくが ここに

             まど・みちお

 

   ぼくが ここに いるとき

   ほかの どんなものも

   ぼくに かさなって

   ここに いることは できない

 

   もしも ゾウが ここに いるならば

   そのゾウだけ

 

   マメが いるならば

   その一つぶの マメだけ

   しか ここに いることは できない

 

   ああ このちきゅうの うえでは

   こんなに だいじに

   まもられているのだ

   どんなものが どんなところに

   いるときにも

 

   その「いること」こそが

   なににも まして

   すばらしいこと として

 

 

本当に偶然ですが、沖縄に在住のまどさんのお孫さんと知り合いになり、そのご好意でまどさんのサインをいただくことができました。

すごく感動しましたし、本当に感謝感謝です。

家宝にしています。

 

madosign

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